【リレー小説】和泉林と持垣秋行の暇潰し♪
※以下はWeb文芸部の部員である和泉林と持垣秋行のリレー小説です。
Twitterにあげたものなので、140字の制約の元書いています。
《和泉林》→《持垣秋行》
愛してるわ、と言って彼女は逝った。まだ若く、これからというときだった。彼女の身体は元から冷たく、硬質な張りがあった。それが一層冷え切って感じた。
ああ、涙さえ流れない。そんな僕を彼女は許してくれるだろうか。
僕は後悔した。許されないだろうととあることを彼女に告白すべきだった、と。
それを聞けば彼女がどんな表情をするのか、想像できない。だが、最期に愛してると言ってくれた彼女に知ってもらえば良かった……。
――僕は、人間ではないことを。
よく考えると笑えてくる。人間ではない僕が、彼女と恋愛をすることは、とてもおかしなことだ。いきなり笑い出した僕を、周りが怪訝な目で見ても、笑うことを止められずにはいられなかった。
人間ではない僕と、人間ではない彼女との恋愛、笑えるだろう?
なあ、笑ってくれ。
さて、僕はなんだろうと、気になる人もいるのだろう。それは、僕も知らない。額に角が生えたり、皮膚に鱗が付いたり、背中に翼が羽ばたいたりはしていない。人間の姿でありながら人間ではないと気付いた頃から、人間でない何かが、身体についてるからだ。
それ以上、何も知らないのだ。
僕のことを何も知らない僕を、彼女は愛してくれた。一体僕のどこを愛してくれたのだろうか。
そして、僕は彼女のどこを好きになったのだろうか。僕は本当に彼女を愛していたのだろうか。
これは、僕の想いではないのかもしれない。
記憶も僕のものじゃないかもしれない。身体も僕のものじゃないかもしれない。
何を信じればいいのか、自分さえ信じれなくなって、僕は混乱した。誰か答えを教えてくれ、と切実に願った。
僕は誰だ?
ーーM174が暴走を起こしました。W174を出動させてください。どうぞ。
ーーこちら出動部隊。W174は今検査中だ。恋人役やらせたら勝手に自我持ちやがって、これだからバージョン174(ひとでなし)は嫌なんだ。どうぞ。
ーーでは、代わりのバージョンを寄越してください。どうぞ。
――メンテが終わったWS174を出動させる。どうぞ。
――WS……?なんですかそれは。トイレですか?どうぞ。
――馬鹿野郎、それはWCだ!どんな教育を受けてんだお前は!どうぞ。
――あなたと同じで……
――殺すぞ。
――で、なんですか、WS174って。聞いたこともありませんね、どうぞ。
――切り札のS(使い捨て)だ。
「あの、大丈夫ですか?」
僕が混乱していると、1人の女性が至近距離で声をかけてきた。清楚系の綺麗な女性だった。
僕が女性に見蕩れていると、女性は再度「大丈夫ですか?」とこちらを心配そうに見上げてくる。
その表情は加虐心が唆られるような、少し困った様子だった。
待て。これも僕の気持ちじゃないかもしれない。
「はは……、たぶん大丈夫じゃないです」
「そうですか」
彼女が歌うようにそう言うと手を伸ばして僕の頭を胸に抱いた。
「え、ちょっと……」
「人は時に休む必要があります」
優しい言葉が耳に残って、不思議にも心が落ち着いて、眠りに陥った。
「おやすみなさい。……安らかな死を」
ドッカーーーーーーーーーン!!!
――WS174の爆発を確認しました!即急に救援隊を要請します!どうぞ。
――なんやあいつも失敗品かよ!ただいまWS174、M174のいるエリアC-75に移動した。どうぞ。
――二機の反応があります!まずは消火を、どうぞ。
――なっ、WS174のやつ、また二つ目の爆発を!?誰か、止めろッ!
焦げ臭い。辺り一面炎に包まれ、視界が悪い。煙を吸い込まないよう、体を低くさせる。すると、自分の体も焦げ付いた跡が見られた。怪我はない。服が焼け落ちたくらいだ。
辺りを見ると、機械らしき破片がいくつも散らばっている。何かが爆発したのかもしれない。
辛うじて顔を上げると、あの綺麗な女性の容貌が一変した。彼女の右頬の肌は失い、焦げ色がする灰色の金属に変わった。
「なん、なんだよあんたは……」
「消シます。174プろジェくトヲ……。一緒に、逝クのだ、M174……」
「な、何を言ってんだよ……!」
「哀レな存在……私達ハ……」
「174プロジェクトって、一体……!? 何を、何を言っているんだ……」
「アナたは知ら、ない。そ、うツクラレタ。あな、たも、そしてあのひトモ……」
「あの人って……」
これ以上煙を吸うのはまずい。だが、全く体が苦しくないことに気づく。
煙が喉を侵蝕し、声が出られなくなる。
「お……し……えっ」
『警告。酸素濃度低下。緊急メンテを求める。繰り返す……』
頭の中に響く声に告げられ、僕は驚き声を上げようと口を開ける。
「分かッたカ。あなタは利用サれてた。あイつらニ。ダから、私ト逝こウ」
彼女は残った片手を僕の肩に置いた。
「いっしょ、二、逝こウ」
彼女は強く肩を掴みながら、それでいて表情は泣きそうに歪んでいるのだ。それを見て僕は彼女を思い出した。彼女も逝く前、こんな顔をしていなかったか?
そして、僕に「愛している」と告げたのだ。
彼女と”彼女”はそっくりだった。
僕は人間ではない。人間の姿をしているが恐らくAIだ。記憶も操られて、利用されていた……。
自分のために生きていけなかったことは哀れだ、と目の前の女性が言った。
僕は彼女の目を真っ直ぐに見つめて頭を振った。
彼女に愛してもらえた僕が諦めてはいけない。まだ。
「ま……だだ……」
「僕はまだ、ここで生きるよ。彼女が……彼女が僕を愛してくれてる限り、僕は生きる」
「……ソうカ」
”彼女”がそう言って掴んでいた方から手を離した。僕は安堵して、自分の決意を誇らしく――
「ならバ、殺ス――」
力強い拳が目の前に現れ、それを紙一重で躱す。頬に鋭い切り傷ができた。
「まっ……やめろ!」
何故彼女は話を聞かないのか。まだ沢山聞きたいことがあるのに。一対の虚ろの目を見返して、僕は思い出した。
「あんたも、利用されたんじゃないかッ!」
『警告。コマンダーシステムオーバーヒット』
『警告。生命感知。金属感知。こちらに接近中』
同時に二つの機械音がした。
――WS174向かわせた。どうぞ。
――こちら監視部隊。確認しました。これからの指示を仰ぎたいと思います。どうぞ。
――詳しくは174たちに任せてある。問題ない。どうぞ。
――……彼らの知能に頼り過ぎではありませんか? それではW174の二の舞に……。どうぞ。
――大丈夫だ。あいつらは私達から逃げられない。
「私ガ……利用さレていル……」
「そうだ。僕達を抹消しようとする誰かがお前を使っている!」
「私、ガあああ!」
彼女は頭を抱えて絶叫した。僕は何が起こっているのか理解できずに彼女を見ている。
「……ソうか、私は……あノ人に……記憶ヲ……」
”彼女”の瞳に焦点が戻ると、両の目から涙がはらはらと流れ落ちる。
「私は…アナたに……なんテことヲ……」
「いいんだ、大丈夫だ!」
そう言って僕は力強く”彼女”を抱きしめた。そのとき、僕に既視感が蘇る。
「え……」
それはかつて彼女を抱きしめたときと同じ感覚だった。
「さあ、あいつらを潰しに行こうか」
ボロボロになった君と僕。名前がまだ知らない。でも今は、それでもいいんだ。二人の力を合わせればきっと乗り越えられる。
僕達の前には武装した人間共がいた。一人でないことはどれだけ心強いのか、僕は笑ってしまった。
その時の僕は、まだ174Pの闇を知らない。
【第一幕 完】